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長崎地方裁判所 昭和45年(行ク)1号 決定

申立人 藤山正彦 外五名

被申立人 諌早税務署長

訴訟代理人 上野国夫 外五名

主文

申立費用は申立人らの平等負担とする。

本件申立てをいずれも却下する。

理由

第一、申立ての趣旨および理由

一、申立ての趣旨

被申立人が申立人らに対し、昭和四五年九月一二日付諌所第四一号をもつてなした各補佐人帯同不許可処分の効力は、当庁昭和四五年(行ウ)第六号補佐人帯同不許可処分取消請求事件の本案判決が確定するまでいずれもこれを停止する。

二、申立ての理由

1  被申立人は申立人らに対し、昭和四五年五月一三日申立人らに対する各昭和四四年分の所得税について、それぞれ更正処分をした。そこで申立人らはこれを不服として被申立人に対し、いずれも同年七月八日右各更正処分に対し異議申立てをし、次いで同年八月一九日口頭による意見陳述の申立ておよび右陳述に際しての補佐人帯同許可の申請をした。

2  ところが被申立人は申立人らに対し同年九月一二日付各諌所第四一号をもつて右補佐人帯同許可申請についていずれも不許可の処分をした。

3  右不許可処分の理由は、補佐人となるべき者が申立人らと同様所得税の更正処分を受け、これに対して異議申立てをしている者であるというにあるが、国税通則法第八四条第一項は異議申立人の意見陳述権を定めたものであり、同項の補佐人帯同の制度は、強大な権力をもつ税務当局と一納税者との力関係の差異に着目し、納税者の正当の権利を擁護するために設けられたものであるから、納税者が補佐人の帯同を申し立てた場合は、異議審理庁は原則としてこれを許可しなければならないと解すべきである。したがつて異議申立人が補佐人の帯同を必要と考え、その帯同を申請した場合において、異議審理庁が前述の如く合理的根拠もなく補佐人の帯同を不許可にしたうえで、本人のみの出頭を求めて口頭による意見陳述を要求した場合、異議申立人がこれに応じないからといつて直ちにその意見陳述の機会をみずから放棄したということにはならない。したがつてその儘の状態で異議申立人の異議について決定をすることは、異議申立人の意見陳述権を奪うこととなる。本件不許可処分の前記理由は前述補佐人帯同の制度の趣旨に照らし不適法である。尚、異議申立人である申立人らに対し、いずれも本人のみの出頭を求め、申立人らがこれに応じなければ意見陳述権を放棄したとすることも右趣旨に照らし不法である。したがつて右不許可処分はいずれも違法なものであるから、取り消されなければならない。そこで申立人らは、長崎地方裁判所に対し、右不許可処分取消しの訴え(当庁昭和四五年(行ウ)第六号)を提起した。

4  申立人らは、右不許可処分によつて申立人らの希望する補佐人を付することができなくなり、異議申立人である申立人らの意見陳述権は侵害されている。ところで被申立人は、右異議申立てについては国税通則法第七五条第五項により、異議申立てがなされた日から三か月以内にその異議申立てについて決定しなければならないことになつており、その期限は昭和四五年一〇月八日であるところ、右不許可処分により被申立人は申立人らに意見を述べる機会を与えないまま異議について決定をする可能性があり、これにより著しく申立人らに不利益をもたらすものであるから、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性が存するというべきである。

第二、被申立人の意見

一、本件不許可処分は執行停止の対象とならない。

行政処分が、これを受ける者に対して、直接作為または不作為を命ずるとか、または当該処分の結果として現在の法律状態に変更を来たすような積極的効果を生ずる場合には行政事件訴訟法第二五条に基づき、当該処分の効力、処分の執行または手続の執行の停止を求めることができるが、行政処分が何らこのような積極的効果を持つものではなく単に消極的な効果を有するに止まるときは、同条に基づく執行停止はできないものというべきである。

ところで、本件不許可処分はかかる積極的効果を生ぜしめるものではなく、またこれが執行停止されても執行停止の効力は将来に向つて生ずるだけであつて、本件不許可処分の存在自体を遡及的に失わしめるものではない。いわんや執行停止によつて被申立人が今後許可処分をなすべき義務を負うに至るものではないから、本件不許可処分の執行停止は申立人らにとつて何等実質的意義を有しないことは明らかである。それ故本件不許可処分についての執行停止の申立は許さるべきではなく、不適法として却下さるべきである。

二、本件申立は本案について理由のない申立である。

国税通則法第八四条第一項の補佐人の許可は、異議審理庁の自由裁量であるところ、申立人らは、申立人藤山の補佐人として申立人前田・申立人馬渡の補佐人として申立人本多・申立人西村の補佐人として申立外川端(川端も異議申立人である)・申立人前田の補佐人として申立人藤山・申立人渡部の補佐人として申立人西村・申立人本多の補佐人として申立人馬渡というように異議申立人相互間において互いに補佐人となる趣旨の許可申請をしてきたものである。

そもそも、補佐人の制度は専門的知識を有するものとして異議申立人を補佐することが、異議申立人の権利利益の救済に役立つとの趣旨によるものである(民事訴訟法上の補佐人も同様である)。

しかるに、申立人らは全員農業を営むものであり、本件異議申立事案について特別の専門的知識を有するものでない。まして異議申立人相互間において補佐人になるというような異例な内容の申請であり、どこに真の目的があるか測りがたく、異議申立人らの権利利益救済の面からみても何等役立つものとは認められなかつたものである。よつて被申立人は本件不許可処分をなしたものであり、これに何等裁量権の逸脱、濫用はない。したがつて本件申立は本案について理由のない申立てであるから不適法である。

三、申立人らの主張に対する反論

申立人らは本件不許可処分は国税通則法第八四条第一項の口頭陳述の機会を奪うものであると主張するが同項所定の口頭陳述の機会を与えることと本件不許可処分とは何等関係のないことであり、現に被申立人は申立人ら全員に口頭陳述の機会を与え、申立人らは諌早税務署に所定の日時に出頭したが、全員いつしよでなければ陳述しないといつて陳述しなかつたものである。

なお、申立人らは「国税通則法第七五条第五項により異議申立をうけた日から三か月以内に異議決定をしなければならないことになつており、その期限は昭和四五年一〇月八日である。しかるに被申立人らの申し立てた補佐人選任を不許可にしたので、意見の陳述ができないまま、右期間を徒過せざるをえない状況にあり、これは著るしく不利益をもたらすものであるから緊急性を有する。」といつているが、同項は異議申立をした日の翌日から起算して三か月を経過したときは、異議申立人は、異議申立に対する決定を経ないで審査請求することができる旨を規定したものにすぎず、申立人らの右主張は法令の誤解によるものであり、何ら申立らに不利益をもたらすものでなく、いわんや緊急性を有するものでないことはあきらかである。

第三、当裁判所の判断

本件疎明資料によれば、被申立人は申立人らに対し、昭和四四年分の所得税についてそれぞれ更正処分をしたところ、申立人らは被申立人に対し、いずれも昭和四五年七月八日右各更正処分に対し異議申立てをするとともに、同年八月一九日国税通則法第八四条第一項に基づく口頭による意見陳述の申立ておよび右陳述に際しての補佐人帯同許可の申請をしたこと、被申立人は右各申請に対し、同年九月一二日付諌所第四一号をもつていずれも不許可の処分をしたことが認められ、また本件記録によれば、申立人らは被申立人を被告として本件不許可処分の取消しを求める訴えを提起し(当庁昭和四五年(行ウ)第六号補佐人帯同不許可処分取消請求事件)、右本案判決が確定するまで、本件不許可処分の効力の停止を求めるため本件申立てに及んだことが明らかである。

ところで、処分取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行または手続の続行を妨げないとされているうえ、行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為については、民事訴訟法における仮処分が排除されているのであるが(行政事件訴訟法第二五条第一項、第四四条)、行政庁の処分に対し不服のある者が当該行政庁を被告として右処分の取消しを求める訴えを提起してこれに勝訴したとしても、その実効を期し難い虞れがある場合には、このような事態を防止するため、本案判決の確定に至るまでの間、当事者の法的状態について暫定的安定を図り、不服申立人の権利を保全し、回復し難い損害の発生ないし拡大を防止しようとする目的で設けられているのが行政処分の執行停止の制度である。それゆえ、行政庁の処分に対し執行停止が許されるのは、執行停止が認容された場合に、その直接の効果として申立人の権利保全が図られ、回復し難い損害の発生ないし拡大が防止され得る場合に限られると解すべきである。本件についてこれをみるに、仮に本件不許可処分の執行停止がなされたとしても、単に本件不許可処分がなされなかつたと同一の状態、すなわち、申立人らの補佐人帯同許可の申請がなされたにすぎない状態が現出されるにとどまり、これによつて被申立人に対し許可処分を命じまたは許可処分をなしたと同一の積極的状態が作出されるわけではない。そうであれば、本件不許可処分の執行停止によつては、申立人らが本件不許可処分によつて生ずると主張している回復困難な損害の発生ないし拡大を避けることはできないものというほかはない。そうすると、申立人らの本件申立ては、いずれも申立ての利益を欠くから不適法であるといわなければならない。

よつて申立人の本件申立てをいずれも却下することとし、申立費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 梅津長谷雄 中橋正夫 中尾成)

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